西郷軍が熊本城下に着かないうちにすでに政府側は征討の詔を出し、西郷軍の邀撃(ようげき)に動き出していた。西郷軍が鹿児島を発したのが2月15日で、熊本城を包囲したのが2月21日。対して政府が征討の勅を出したのが2月19日であった。つまり西郷軍が動き出してわずか4日で、熊本城を包囲する2日前だった。このことから明治政府の対応の速さの背景には電信などの近代的な通信網がすでに張り巡らされていたことがわかる。明治政府は有栖川宮熾仁親王を鹿児島県逆徒征討総督(総司令官)に任じ、実質的総司令官になる参軍(副司令官)には山縣有朋陸軍中将と川村純義海軍中将を任命した。これは、カリスマ的指導者である西郷に対抗して権威のある貴種を旗印として用いるためと、どちらか一方を総司令官にせずに、同じ中将の2人を副官に据えることで、陸軍と海軍の勢力争いを回避するためであった。また薩摩・長州の均衡をとる、西郷の縁戚である川村を加えることで薩摩出身者の動揺を防ぐ等の意も含まれていた。一方の山県もかつて西郷のもとで御親兵・陸軍省創設のために働いていた。当初、第一旅団(野津鎮雄少将)・第二旅団(三好重臣少将)・別働第一旅団(高島鞆之助大佐)・別働第二旅団(山田顕義少将)の外に川路利良少将兼警視庁大警視が率いる警視隊(後に別働第三旅団の主力)などが出動し、順次、他の旅団も出動した。中でも臨時徴募巡査で編成された新撰旅団は士族が中心の旅団で、その名称から新撰組が再編成されたと誤認されたりした。
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