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日記の文学と文学の日記

中野記偉(「日記の文学と文学の日記」 )によれば、日記(diary)という語の英語の文献における初出は文芸復興期の1581年であり、元来丸太の意味であったlogという語に、航海日誌の意味が加わったのもほぼ同じ頃であるとのことである。さらに日記の発生について「日記が人間記録として明確に出現するのが、近代人の誕生と時を同じくしているしていることに意味があろう。自分の目でものを見て、自分の意思で生き、その結果については自分が責任をとるといった習慣の発生は大きな関係があるといわねばならない。したがって日記をつける行為は自我の覚醒とも密接に関連し合うのである」と述べられている。

エドワード6世の日記
現存する英語で書かれた日記の最も古いものという。記主は1537年に生まれ、9歳で父ヘンリー8世の跡を継ぎ、15歳で死去。

ウィリアム・ダグデイルの日記(17世紀前半?、45年間にわたる日記)
ジョン・イーブリンの日記(17世紀?、43年間にわたる日記)
サミュエル・ピープスの日記(1660年 - 1669年)
1633年生まれ。父は仕立屋であるが、親類には職人・医者・弁護士・商人などがおり、ロンドンの中産階級の家柄である。本人はケンブリッジ大学を卒業、大蔵省の下役人であるとともに姻戚の政治家エドワード・モンタギュの家令のような役目もはたしていた。詳しくは、臼田昭『ピープス氏の秘められた日記』(岩波書店)参照。全文の日本語訳も国文社から臼田訳により刊行。

ドイツ
『ニュルンベルグの死刑執行人フランツ親方の日記』(1573年 - 1615年)
日本語訳には、藤代幸一訳『フランツ・シュミット ある首斬り役人の日記』(白水社)がある。
以上のわずかな例からであるが、現存の日記、特に16世紀以前のものを記した記主の社会階層としては、聖職者や教会関係者が多く、またイタリアでは商人の日記も多いようである。これは当時のヨーロッパ社会において文字を自由に使用できる階層を反映したものと考えられる。これらの階層以外の人々によって日記が記されるようになるのは、17世紀以後であり、日記がつけることが一般の人々の生活習慣として広まるのは、18世紀末以降である。

その他
他に西洋の日記には次のようなものがある。

アミエルの日記 - フレデリック・アミエル
パリ日記 - エルンスト・ユンガー
アンネの日記 - アンネ・フランク
ゲバラ日記 - チェ・ゲバラ
日記形式のフィクション作品

ブリジット・ジョーンズの日記 - ヘレン・フィールディング
プリンセス・ダイアリー - メグ・キャボット
ジョージアの青春日記 - ルイズ・レニソン

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2009年01月06日 15:06に投稿されたエントリーのページです。

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